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長野地方裁判所 昭和36年(行)5号 判決 1964年3月14日

原告 丸山文作 外六名

被告 南小谷郵便局長

訴訟代理人 横山茂晴 外一名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一、被告が昭和三四年一月二七日付で原告丸山文作、同丸山徹夫、同山本甲子男、同渡辺保治、同酒井ウメ子に対してなした訓告処分並びに同日付で原告花岡廉、同吉田善一に対してなした記録注意処分を取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の原因)

一、原告らはいずれも郵政省職員として別表一のような職歴を有し、現在長野県北安曇郡小谷村にある南小谷郵便局に勤務するものであり、全逓信労働組合(以下全逓という。)に所属する組合員であつて、同表のような組合歴を有するものである。ところで、郵政省は郵政省設置法(昭和二三年一二月一五日法律第二四四号)第三条第二項第二号により日本放送協会から委託された業務(以下委託業務という。)をつかさどることになつており、郵政大臣と日本放送協会々長間の昭和二六年三月一五日付協定及びこれにもとづく同月二三日付郵政省告示第八五号により右委託業務は放送受信に関する契約の取次事務(以下取次事務という。)及び放送受信料の集金事務(以下集金事務という。)とされ、その業務の取扱は各地方郵政局長から指定された特定郵便局が取扱うこととされており、南小谷郵便局は長野郵政局長より昭和二六年四月一日から委託業務の取扱局として指定されていた。しかし、全逓は組合員に時間外勤務を要求し過重な負担をかけている委託業務の廃止を検討していたところ、昭和三〇年の第七回大会において具体的に委託業務廃止の闘争方針を立て昭和三三年一〇月と同年一一月との二度にわたり全逓指令にもとづき初めは委託業務のうち集金事務のみの、次には委託業務全部の取扱拒否闘争が全国的規模において実施され、南小谷分会もこれに参加した。ところが、被告は昭和三四年一月二七日原告が先に被告から原告らに対してなされた委託業務に従事すべき旨の業務命令に従がわなかつたことを理由に原告丸山文作、同丸山徹夫、同山本甲子男、同渡辺保治及び同酒井ウメ子に対して訓告処分を、原告花岡廉及び同吉田善一に対して記録注意処分をなした。原告らは昭和三四年六月二九日公共企業体等労働委員会に対し右各処分は労働組合法第七条第一号の規定に該当する不当労働行為であるとして救済の申立をしたが、昭和三六年五月二〇日同委員会から申立棄却の裁決を受けた。

二、しかし、被告の業務命令は以下の理由により違法、不当なものであつて、原告らが右命令に服従すべき義務はないのであるから、原告らがこれを拒否したことを理由になされた本件訓告及び記録注意の各処分は取消されるべきである。

(一)  本件業務命令の出された当時、南小谷郵便局においては原告らが従事すべき委託業務は存在しなかつた。

南小谷郵便局においては、全逓と郵政省間に昭和三一年一月二〇日付で締結された「勤務時間等に関する仲裁裁定の実施に関する協約」及び「右協約附属覚書」が同年二月一日から実施された結果、外勤者の勤務時間が一週四八時間から四四時間に短縮されたことに伴つて、所定の勤務時間内では郵便業務を完全に遂行することさえ困難となつたので、集金事務は昭和三二年一二月より昭和三三年三月末まで冬期非常勤職員として雇傭された古沢某によつて行われ、その後は同局職員と被告との協議により南小谷村のラジオ商酒井良二に委託して行わせることになり、同人は同年四月より昭和三五年四月まで約二年間これに従事し、良好な成績をあげていた。従つて南小谷郵便局においては、本件訓告、記録注意の処分問題を生じた昭和三三年一〇月以降一二月頃までの間原告らは集金事務に従事する必要はなかつたばかりでなく、従事しようとしてもできない状態にあつたのであるから、原告らが従事すべき集金事務は存在しなかつたものである。

(二)  原告らには委託業務に従事すべき法律上の義務がない。委託業務は沿革的には各地方郵政局と特定郵便局長との間に個人的、請負的に契約され、特定郵便局長の家族ないしは業務の片手間に局員が行つていたものであつたが、前記昭和二六年三月一五日付協定によつて郵政省の業務とされるようになつたもので、委託業務は郵政省本来の業務ではない。右業務の取扱要員は郵政省昭和二六年三月一五日付郵管第一八五号の二通達第二条及び第三条により既達定員をもつて処理するものと定められているところ、郵政省はその業務の性質上職員の一名単位の平均就労可能の業務量を計算し、それにもとづいて各現業局にその取扱業務量に応じて所定人員を配置しているが、右定員算定の基礎とされている業務は郵便、貯金、保険等の業務であり、委託業務は右算定の基礎とされていないのであつて、本来所定労働時間外においてなさるべき業務である。更に、委託業務に従事する郵便局職員に対する報償は同通達第三条により従来の経緯及び既達定員をもつて処理させることに鑑がみて特に別途定めることが予定されていたものであり、現に委託業務は貯金、保険等の業務と異なり、服務せん表(各郵便局において勤務時間の管理者が作成するものであつて、各職員の勤務種別、担務別等に、勤務時間の始業から終業に至るまでの間における休憩、休息時間等の位置を明らかにして職員の就労すべき勤務時間を明確にするもの)にも含まれていないのであつて、これに従事しても正規の給与支払の対象とはされないのであり、本来所定労働時間外においてなされるべき業務である。ところが、郵政省職員である原告らについては労働基準法の適用があるため全逓と郵政省との間に同法第三六条の時間外労働に関する協定がない限り時間外労働は行なえないことになつているところ、本件業務命令が出された当時右協定は存在しなかつた。もつとも委託業務の取扱に関連して全逓と郵政省との間に締結された「放送委託事務取扱い手当の支給に関する協定」(昭和三〇年七月二一日)があるが、右協定は委託業務について定員措置がない関係上賃金支払の対象となるべき所定の勤務時間内の労働のみでは遂行することができないことを前提として、勤務時間外に奉仕的に委託業務に従事したものがあつた場合、これに対し特に報償として特別の手当を支払うべき旨を定めたものにすぎないのであつて、郵政省職員たる組合員の勤務時間を定めた協定ではなく、残業時間を定める形式もとつていないので、時間外労働に関する協定ということはできない。このように時間外労働に関する協定がなかつた以上、原告らには委託業務に従事すべき法律上の義務はなかつたのである。

(三)  郵便業務が繁忙であるということのみの理由で集金事務を拒否することは慣行として承認されていたのである。

郵政省は郵政省昭和二六年三月一五日付郵管第一八五の二号通達において、委託業務取扱局の指定は「支障のないかぎり次の各号(一号(1)、(2))に該当する局を協会地方機関と協議の上委託事務取扱局に指定すること」「前二号以外の特定郵便局についても協会側は、漸次郵政局に事務を委託したい意向であるから協会から申出のあつたときは、支障のないかぎり取扱局に指定すること」と定め、その後郵便業務が増加し、職員不足による繁忙のため郵便業務の遂行にしばしば停滞支障が生ずるようになつたため更に同省昭和三三年七月一日付第九五号通達をもつて「日本放送協会の受信料の集金計画は他の事務運行に支障のないよう事務繁閑を十分考慮して……」なすべきことを指示するようになつた。従つて他の郵便業務が忙がしいときはその理由のみで集金事務を拒否できることが慣行上認められていたのである。ところで南小谷郵便局においては昭和三三年一〇月頃から本件訓告、記録注意の各処分がされた当時にかけて特に郵便業務が輻輳し、繁忙の情況にあつたので、原告らは右慣行に従い集金事務を拒否したにすぎないのである。

(四)  被告は本件業務命令を出す当時南小谷郵便局において郵便業務が繁忙であることを悉知していたが、右に先立ち昭和三三年一一月二五日に開催された特定郵便局長業務推進連絡会議において長野郵政局長から委託業務の拒否斗争に対しては業務命令をもつてのぞむべき旨を強制された結果やむなく右命令を出したのであつて右命令は被告の真意によるものではない。

(五)  本件訓告及び記録注意の各処分はその基準が不明確であつて合理性を欠き、原告らに対する処分に段階をつけた正当な理由がないから公正、適正に行われなければならない公権力の行使としての適格を欠いているものである。

三、以上の理由によつて、被告に対し原告丸山文作、同丸山徹夫、同山本甲子男、同渡辺保治及び同酒井ウメ子は訓告処分、原告花岡廉及び同吉田善一は記録注意処分の各取消を求める。

(本案前の答弁に対する主張)

一、訓告及び記録注意の各処分は行政訴訟の対象たり得る行政処分である。

(一)  国家公務員法第八二条は懲戒処分として免職、停職、減給、戒告の四種類を規定しているが、同条は本来公正であるべき懲戒処分が個々的監督者、処分庁の恣意に流れたり多数の国家公務員を対象にするための処分が個別的事例で不均衡にならないように処分の明確、合理性を担保できるようにするため処分形式を類型化したにすぎないのであつて、懲戒処分は右の四種類に限られるわけではない。同条を受けた人事院規則一二―〇(昭和二七年五月二三日)によれば同条の規定する四種類以外にも懲戒処分の存在が予定されていることが明かである。

(二)  国家公務員法第八九条、第九〇条、人事院規則一三―一(昭和二四年八月二〇日)は雇傭上の関係で不利益な処分を受けた国家公務員は人事院に不利益処分の審査請求ができることを規定しているが、右審査請求のできる事項は懲戒処分のほかに降給、降任、休職、免職その他いちじるしく不利益な処分があげられている。従つて訓告、記録注意のような不利益な処分は国家公務員法第八二条の規定する懲戒処分でなくても行政訴訟の対象となることが明かである。

(三)  訓告及び記録注意の処分は被処分者に対し一定の法的効果を生ぜしめる。すなわち訓告処分はこれを三回以上(一昇給期内であると否とを問わない。)受けると昇給延伸が行われるから、何ら法的効果を生じない勧告、通知等の事実的行為とは性格を異にする。また記録注意処分を受けると被処分者は右事項を法規上設けられた注意記録簿へ登載されその請印欄への捺印並びに始末書の提出義務を負い、右記録された注意記録簿は庶務担当課又は人事課が十年間保管する義務を生ずることになる。(郵政省通達人人二六二号昭和三二・九・三〇参照。)従つて訓告及び記録注意処分が行政訴訟の対象たり得る行政処分であることは明かである。

二、被告の本案前の主張二の事実中原告らが被告主張の時期にいずれも定期昇給を受けていること及び原告丸山文作が退職したことは認めるが、その他の事実は否認する。

三、公共企業体等労働委員会に対する労働組合法第七条の規定に違反する旨の申立は旧行政事件訴訟特例法にいう訴願にあたるものである。

公共企業体等労働委員会に対する救済申立は労働組合法第七条の規定に違反する処分がなされた場合に認められるものであるが、右処分は一般の行政処分のように被処分者と処分行政庁との対立的関係が薄い関係者間の処分と異なつて、当該処分庁が被処分者に対し悪意ないしは敵対関係をもつて行う処分であるから当該処分庁に反省を促し救済させるになじまないものである。そこで公共企業体等労働委員会に対する救済申立を認め、労働関係の問題を処理するに適した構成をもつ同委員会がこの種の事件を特に規定された手続にもとづき迅速、簡易かつ適切に取扱うことになつているのである。また、一般民間企業の労働者については、労働組合法第七条、第二七条により不当労働行為に対する救済申立を認め、国家公務員については、国家公務員法第九八条第三項及び人事院規則一一―四第二条により不利益取扱に対する救済申立を認め、国家公務員中五現業庁職員については、右不利益取扱に対する救済申立と労働組合法第七条の規定を適用する公労法により不当労働行為に対する救済申立を認めているのである。従つて原告らは処分が一般的に不当、不利益であることを理由にするときは人事院に対する審査の請求を特に不当労働行為を理由にするときは公共企業体等労働委員会に対する救済申立をすることになるのである。

ところで、旧行政事件訴訟特例法が訴願前置制度を認めた理由は、違法な行政処分の是正を行政権以外の機関にまかせるに先立ち行政内部の救済機関によつて行う方が問題の実情を悉知しているため適切な処理ができ、かつ手続が比較的簡易迅速に定められている場合が多いから当事者に有利であるということ、この手続をとらせることによつて行政庁自体に反省の機会を与えるばかりでなく裁判所の負担を軽減する結果となるからである。また、旧行政事件訴訟特例法第二条は行政庁に対する何らかの不服申立ができる場合にはこれを経た後でなければ訴を提起することができないと規定するだけであつて、その行政庁は処分庁に限定していないばかりか、かえつて処分庁以外の行政庁に対し不服申立のできる場合にはこれを経なければならないことを意味しているのである。従つて同条の訴願は訴願人の訴願を受理しそれに対し訴願人に対する関係において裁決、決定等どのような名義によるかに拘らず一定の判断を行政庁が下すことを法律上の要件としているのであつて当該処分自体の適法性ないし妥当性について再審査するものと限定されたものではない。そうだとすれば、国家公務員の人事院に対する審査請求はもとより、公共企業体等労働委員会に対する救済申立も同条にいう訴願にあたるものである。

(本案前の答弁)

一、訓告及び記録注意の各処分は別段の法律上の根拠をもたず、直接に法律上の効果を生じさせるものではないから取消訴訟の対象たる行政処分にあたらない。

(一)  訓告及び記録注意の各処分は上司がその有する一般的監督権限にもとずき義務違反行為のあつた職員に対してこれを指摘して将来を戒しめる行為にすぎず、国家公務員法第八二条にいう懲戒処分ではない。ただ郵政省においては右の一般的監督権限の行使の適正と処理手続の統一を図るためその具体的規準を定めた昭和三五年七月二五日付公達第八三号郵政部内職員訓告規程及び長野郵政局人事部長通達昭和三二年人人第二六二号「訓告処分以下の取扱方について」があり、被告の本件訓告及び記録注意の各処分は具体的にはこれに依拠してなされたものである。従つて本件訓告及び記録注意の各処分は単なる事実上の行為に過ぎず、原告らに対し何らの法律効果を生じさせるものではない。

(二)  もつとも長野郵政局管内の職員の定期昇給に関する具体的取扱を定めた同局人事部長依命通達昭和三五年三月二二日付人管第二二七号「定期昇給について」のうち懲戒処分等のあつた者の勤務成績の判定についての規定によれば、戒告一回につき一期(三カ月)昇給を延伸することとし、一昇給期間中の訓告三回をもつて戒告一回とみなすこととしている。しかし、原告らは「国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法」(昭和二九年六月一日法律第一四一号)第二条第二項に定める職員に該当し、その支給される給与については主務大臣の定める給与準則によつて規定され、「一般職の職員の給与に関する法律」(昭和二五年四月三日法律第九三号。以下給与法という。)の適用がないこととされているところ、郵政事業に勤務する職員については、昭和二九年六月一日公達第四三号「郵政事業職員給与準則」が定められ、昇給については同準則第三条第三号により別に定めるところとされており、この別の定めとしては本件処分のなされた昭和三四年一月当時においては昭和三〇年八月八日付「昭和三〇年四月一日以降の俸給制度に関する協約」の定めるところによるべきものとされていたが、右協約第七条では昇給に関する一般的な定めについては昭和三〇年四月一日において現に効力を有する給与法第八条の規定を準用する旨を定めていた(なお昇給期間については協約に別段の規定がある。)から、郵政事業に勤務する職員については一定の昇給期間を良好な成績で勤務したときは昇給させることができることとなつていたのである。ところで昇給は昇給期間内に良好な成績で勤務したかどうかの判定にもとづいて行うか否かゞ決定されるものであるが、勤務成績の良否は職員の昇給期間内における勤務実績全般を通じて総合判断されるべきものであるところ、そのため判断をする者の主観によりその判定が区々となることは人事行政事務運営上好ましくないので、長野郵政局においてその管内における定期昇給の取扱に関する事務運営の統一をはかるため前記の通達をもつて勤務成績の良否を判定する基準を具体的に示したものである。従つて訓告処分を受けたことは、そのことから直ちに法律上当然に昇給が延伸されることになるわけでなく、昇給の可否を決定するにあたりその基礎となる勤務成績が良好であるか否かを判定する場合の一資料とされるにすぎないものである。

(三)  原告等が記録注意が行政処分である理由として主張するところは、いずれも記録注意に伴う事後の事務処理手続にすぎないものであつて、職員に対しその職務上の利益をはく奪する趣旨のものではないから、記録注意は法律上何らの効果を生じないものである。

二、仮に訓告処分がなされたということが昇給延伸という効果を生ずるとしても、訓告処分を受けた原告丸山文作、同丸山徹夫、同山本甲子男、同渡辺保治及び同酒井ウメ子については、本件訓告処分の行なわれた昇給期間中同人らに対し他に訓告処分がされておらず、同原告らはいずれも右昇給期間中良好な成績で勤務したものとして定期昇給を受けているのであつて、本件訓告処分にもとづいて昇給上の不利益を受けたことは全くないから、その取消を求める利益を有しないというべきである。

原告丸山文作は昭和三四年六月三〇日依願退職をしており、本件訓告処分によつて将来不利益を受けるおそれはないから同様その取消を求める利益を有しない。

三、本件訴は旧行政事件訴訟特例法第二条の訴願を経由していないから不適法である。

原告らは本件訴に先立ち昭和三四年六月二九日公共企業体等労働委員会に対し本件訓告及び記録注意の各処分が労働組合法第七条第一号の規定に違反するとして救済の申立をなし昭和三六年五月二〇日同委員会から申立棄却の裁決を受けているが、旧行政事件訴訟特例法第二条にいう訴願とは行政処分の再審査を目的とするものと解すべきところ、不当労働行為に対する救済は当該処分自体の適法性、妥当性について再審査を行うことを目的とするものではなく、使用者の行為が労働組合法第七条に違反するかどうかという別個の観点から判断するものであつて、旧行政事件訴訟特例法にいう訴願に該当しない。

よつて本件訴は不適法であるから訴を却下する旨の判決を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

(請求の原因に対する答弁並びに主張)

一、原告ら主張の請求原因一の事実中、原告らがその主張の職歴を有し、現に南小谷郵便局に勤務していること(但し原告丸山文作が勤務していることを除く。)、委託業務の内容及び取扱が原告ら主張のとおりであり、南小谷郵便局が原告ら主張の日から委託業務取扱局に指定されていること、被告が原告らに対しその主張の日主張の各処分をなしたこと、原告らがその主張の日に公共企業体等労働委員会に対し救済の申立をなし、その主張の日に右申立が棄却されたことは認めるが、原告らが全逓の組合員であること及びその組合歴は知らない、その他の事実は否認する。

二、被告は別表二記載のとおり昭和三三年一一月二七日より同年一二月三日までの間原告らに対し書面で集金事務に従事すべきことを命じたところ、原告らはいずれも全逓の委託業務拒否闘争の一環としてなされた昭和三三年九月二五日付の集金事務拒否指令によつてこれを拒否した。しかし、原告らはいずれも国家公務員として国家公務員法第九八条第一項の規定により上司の職務上の命令に忠実に従うべき義務があり、かつ、郵政省職員として公共企業体等労働関係法(以下公労法という。)第一七条の規定により争議行為が禁止されている。従つて原告らの前記拒否行為は国家公務員法第九八条第一項及び公労法第一七条の規定に違反するものである。そこで被告は原告らの前記業務命令の拒否の回数に応じて原告ら主張の各処分をしたものであつて、前記業務命令が違法、不当である旨の原告らの主張はいずれも理由がなく右各処分はいずれも適法である。

(一)  請求原因二(一)の事実中、原告らの勤務時間が原告ら主張の理由でその主張の日から主張の時間に短縮されたこと、南小谷郵便局においては原告ら主張の頃からその主張の頃まで酒井良二が集金事務にあたつていたことは認めるが、その他の事実は否認する。

本件業務命令の出された当時酒井が集金事務に従事していたということは、原告らが集金事務を遂行する具体的必要性の有無には影響しえても、原告らに義務ずけられている集金事務自体の存在を失わせるものではない。そして上司から職務上の命令を受けた職員としては、その命令の具体的必要性がないことを理由に拒否することは許されず原告らが被告から本件業務命令を受けた当時集金未済があつたのであるから原告らが処理すべき集金事務が具体的に存在したのでありこれを拒否することは許されないのである。

(二)  同二(二)の事実中、原告ら主張の協定及び通達の存在することは認めるが、その他の事実は否認する。

郵政省設置法第三条所定の各種の業務はすべて郵政省がつかさどるべきものであつて、業務の沿革等によつて本来の業務と否との差がつくものではない。仮に定員の算定にあたつて委託業務が考慮されていないとしても、定員は当該行政機関の所掌事務全体を処理すべき職員数として配置されるものであつて、定員の算定上特定の事務をどのように取扱うかということは当該行政機関における所掌事務の範囲ないしその処理方法を決定するものではない。日日の業務量は常に一定不変のものではなく、時によつて変動があるものであるから定員算定の基準に加えられない業務であつても必然的に所定労働時間外になされるべき業務となるわけではない。更に委託業務の取扱に対する報償は労働基準法第三六条の時間外労働に関する協定の存否にかかわらず支給されるものであることからみれば勤務時間外に奉仕的に委託業務に従事したものに対して支給される特別の手当ではなく、かえつて委託業務が所定の労働時間内において行われるべき業務であることを裏付けるものである。

(三)  同二(三)の事実中、原告ら主張の通達及び条項は認めるがその他の事実は否認する。右通達はいずれも委託業務取扱局の指定及び被指定局における業務計画策定上の基準を定めたものであつて、現実に取扱局の指定がなされ、業務命令が発せられた以上個個の職員においてこれを拒否できることを容認したものではない。

(四)  同二(四)の事実は否認する。被告が本件業務命令を出すに至つた縁由はその効力に影響を与えるものではない。

(五)  同二(五)の事実は否認する。

(証拠関係)<省略>

理由

一、被告が昭和三四年一月二七日原告丸山文作、同丸山徹夫、同山本甲子男、同渡辺保治、同酒井ウメ子に対し訓告処分、原告花岡廉、同吉田善一に対し記録注意処分をなしたことは当事者間に争がない。そこで右訓告処分及び記録注意処分が行政訴訟の対象になる行政処分であるか否かについて次に判断する。

二、成立に争のない乙第七、第八号証によれば、本件訓告処分は昭和三五年七月二五日付公達第八三号郵政部内職員訓告規程及び長野郵政局人事部長通達昭和三二年人人第二六二号「訓告処分以下の取扱方について」に、本件記録注意処分は右通達に依拠してそれぞれなされたものであることが明かであつて、右各処分は原告らの上司である被告が一般的な監督権にもとづき原告らの義務違反行為を指摘して将来を戒しめた行政上の措置に過ぎず、国家公務員法第八二条以下の規定による懲戒処分でないことはいうまでもない。ところで行政訴訟の対象になる行政処分といいうるためには当該行政庁の行為がそれ自体によつて直接の法的効果を生ずるものでなければならないと解すべきところ、国家公務員法その他の法律には右のような行政措置の法的効果を推認しうるに足りる規定は存しない。

三、原告らは、訓告処分はこれを三回以上受けると昇給延伸が行われるから、被処分者に対し法的効果を生ぜしめる、と主張し、成立に争のない乙第一七号証の一(但し成立に争のある部分を除く。)及び証人品田義栄の証言によれば、本件訓告処分当時原告ら長野郵政局管内の職員に対するいわゆる定期昇給に関する具体的な取扱を定めた長野郵政局人事部長通達昭和二五年三月二二日人管第二二七号「定期昇給について」には「処分を受けた者に対する定期昇給については左の基準により延伸すること。」として「戒告一回につき一期(三カ月)」、「訓告は三回をもつて戒告一回とみなす。」という条項があり、実際の扱いも右通達によつて処理されていたこと(但し訓告は一昇給期間中のものに限る扱いであつた。)が認められる。ところで被告主張の経緯により郵政事業に勤務する原告らに準用されるに至つた昭和三〇年四月一日において現に効力を有する一般職の職員の給与に関する法律第八条第四項(現在の第六項に当る。以下同じ。)によれば、職員が一定の昇給期間を良好な成績で勤務したときは昇給させることができることが明かであるところ、前記給与法第八条第四項による昇給(以下普通昇給という。)の実際の取扱は、昇給期間を経過した職員は特別の事情のある者を除き殆ど全員これを昇給させているので、右の昇給を俗に定期昇給といい、昇給期間経過後普通昇給をさせないことを昇給延伸と称するのである。(右の事実は当裁判所に顕著である。)しかし前記給与法第八条第四項は任命権者において一定の昇給期間を良好な成績で勤務した職員を昇給させることができる旨を定めたに止まり、任命権者が職員に対する関係で昇給させるべき義務を負い、或は職員において普通昇給を要求すべき権利ないしこれを期待すべき法律上の地位を有するわけではないから、任命権者において普通昇給をさせるときはその旨の行政処分をすることを要するが、昇給期間経過後普通昇給をさせないときは何らの行政処分をする必要がないのであつて、実際の取扱においてもこの場合は何らの行政処分をしていない(このことは当裁判所に顕著である。)。仮に右の場合任命権者が普通昇給をさせない旨を職員に通知したとしても、これによつて職員の法律上の地位には全く影響を生じないから、これをもつて行政訴訟の対象となる行政処分であると解することはできないのである。そうだとすれば仮に訓告処分を三回以上受けた職員に対しては当然にいわゆる昇給延伸が行われるものとしても、訓告処分は職員の法律上の地位に対し何らの影響を及ぼすものではないといわねばならない。のみならず職員を普通昇給させるかどうかは昇給期間内に当該職員が良好な成績で勤務したかどうかの任命権者の判定によつて決せられるのであつて、右判定は職員の昇給期間内における勤務成績全般を通じて総合判断されるべきものである。ただ長野郵政局管内では各任命権者の右判定の適正と均衡を図るため前記通達によつて一応の基準が示されているに過ぎないのであつて、訓告処分を受けたこと自体は勤務成績が良好でないことを裏付ける一資料となるにとどまり、これによつて直ちにいわゆる昇給延伸という効果が生ずるわけではない。以上のとおりであるから本件訓告処分は原告らに対し何らの法的効果を生ぜしめるものではないことが明かである。

四、原告らは記録注意処分もこれによつて一定の法的効果を生ずると主張するが、原告らがその理由として述べるところはいずれも処分後の事務処理手続にすぎないから、これによつて記録注意処分が直接の法律上の効果を生ずるものと解することはできない。

五、以上のとおりであるから本件訓告及び記録注意処分は行政訴訟の対象となる行政処分でないことは明かであり、これに対し出訴を認める旨の特段の規定はないから本件訴は不適法であるといわねばならない。原告らは国家公務員法第八九条、第九〇条が懲戒処分のほかに降給、降任、休職、免職その他いちじるしく不利益な処分についても人事院に審査の請求ができる旨規定していることを根拠として、本件訓告、記録注意処分に対しても出訴できる旨主張するが、行政内部の不服申立である人事院に対する審査請求(現在は行政不服審査法による不服申立て)の対象となる処分は必ずしもその処分自体によつて直接の法的効果を生ずることを要しないのに反し、行政訴訟の対象となる行政処分はそれ自体によつて直接の法的効果が生ずるものであることを要すると解すべきことは前叙のとおりであつて、行政内部の不服申立の対象になる処分の全部が当然に行政訴訟の対象となるわけではないから、原告等の右主張は採用の限りではない。

六、よつて本件訴を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中隆 滝川叡一 福永政彦)

(別表一、二省略)

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